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よっちゃんの ここだけのはなし Vol.50

印刷用ページを表示する 掲載日:2012年10月1日更新

Vol.50 「禍を転じて福となす業は「市民力」」

いざ 参らん! 我に七難八苦を与え給え――ご存じのように、これは戦国時代、山中鹿之介が三日月を仰いで唱えた有名な台詞です。岡山国体視察で岡山県高梁市を訪れた際も、その墓に手を合わせてきました。しかし、望むと望まざるとにかかわらず、全国の市町村長の多くは、財政難にあえぎ、艱難(かんなん)と辛苦(しんく)に直面しています。私たちの相生市も、税収の落ち込みや交付税の大幅な削減に耐えるため、昨年3月に『SOS(サバイブ・オープン・スリム)宣言』を発し、財政の健全化に全力を尽くしています。
 従来、多くの自治体は、国からの交付税や補助金に依存してきました。一定の行政サービスを維持するためにも、また地域を活性化させる上でも、国からの財政支援は不可欠でした。中には相生市のように、企業城下町として栄えた地域もありますが、税収に偏在性がある以上、自治体の国への財政依存は避けられませんでした。そして主力産業が衰退してからの相生市もまた、国の財政支援に依存せざるをえなくなっています。
 国の行財政改革や三位一体改革の流れを受け、地方財政は今、窮地に陥っています。税財源が部分的に移譲されるとはいえ、得をするのは大都市ばかりで、中小規模の自治体は厳しさを増しています。とりわけ地方交付税の削減は大きな痛手であり、本市の場合、三位一体改革の影響によりこの2年間で約6億円も減額されました。私どもが『SOS宣言』を発したのもこのためで、今後5年間を集中改革期間に位置づけ、一般会計規模の2割縮少を目指しています。やればできる――脚光を浴びた「ど根性ダイコン」に、私たちは勇気づけられています。
 財政の健全化を図るには、歳出の思い切った削減と歳入の増加しか方法はありません。隗(かい)より始めよといわれますように、私どもはまず市役所改革を断行しています。旧あいおい荘の民間への売却や温水プールの指定管理者制度への移行など、経費を節減するため、聖域を設けず真正面から取り組んでいます。三役の給与は1月から、議員報酬は4月から引き下げます。市長の給与は、今や県内の市長の中で最低クラスになっています。
 一方、市民の方々にも、負担の増加をお願いしてきました。国民健康保険の負担や下水道使用料の引上げです。歳出の削減も、当然のことながら痛みを伴いますが、市長としての最大の艱難辛苦は、市民に負担増を求めることです。県内の市の中で、一人当たりの医療費がもっとも高額であるとはいえ、厳しい経済状況の中での負担増は、ただただ申し訳なく思う次第です。
 しかし、行財政改革と市民の負担増だけでは、たとえ財政の健全化に近づけられましても、地域が活性化するものではありません。収支の均衡をとることが、行財政改革の最終目的ではないのです。知恵と工夫で新たな産業が展開されてこそ、地域は活力を帯びますし、住民生活にも安心がもたらされます。それはちょうど、江戸時代、米沢藩主・上杉治憲(鷹山=ようざん)が大倹約を断行しながら、領内に織物業や漆産業を振興させ、豊かな藩に再生させたのと同じなのだろうと思います。
 私たちの相生市には、無限の潜在力があります。工夫や発想の転換で、引き出される潜在力も少なくありません。たとえば、道・鉄・海の「三路」の結合が成功すれば、道の駅あいおい白龍城の利用者はさらに増えるでしょう。相生産カキも、需要が高まっています。「相生ブランド」の確立と積極的なセールスの展開により、全国的な知名度を高めることも夢ではありません。
 しかし、市にとってもう一つ、そして何よりも重要なことは、「市民力」の結集に他なりません。すべてのサービスを行政が担う時代、担える時代は終焉しました。「小さな市役所」を実現しながら、潤いと活力を創造するには、市民一人ひとりの参画が不可欠なのです。個人でボランティアなどに取り組まれることも大切ですが、できれば市と協働・二人三脚で、あるいは市に代わって、行政サービスを担っていただきたいと念じています。
 元気なお年寄りや団塊の世代の方々が、定期的に隣近所のお年寄りに声をかけていただくだけで、在宅福祉は充実します。市民一人ひとりがゴミ拾いをしてくだされば、清掃費は多少なりとも節約できます。若者が草むしりに汗を流してくれれば、地域の美化に役立ちます。児童や小中学生が老人ホームを慰問されると、大きな「癒し」となります。こうした参画と市民力の結集によって連帯感は強まり、地域力もすこぶる高まります。
 行財政改革や産業の育成が重要なことは、当然です。しかし、市町村がもっとも身近な自治体である以上、住民にとって「憩いの場」、「安らぎの場」でなければなりません。現在の七難八苦を機に、住民が支え合う地域、住民が創り上げる地域が確立されれば、禍はむしろ福に転じることになります。戦国の武将・武田信玄の施政は「人は城、人は石垣」が基本でした。あらためてこの言葉の奥意を噛み締め、新しい年の市政を熟考した年始でした。
 ここだけのはなし

2006年1月13日 相生市長 谷口 芳紀