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坂出ドラゴンカヌー大会 優勝!!!

印刷用ページを表示する 掲載日:2017年10月11日更新

大会名

第19回坂出府中湖ドラゴンカヌー大会

期日

平成29年10月1日(日曜日)

場所

香川県坂出市府中町 府中湖カヌー競技場

直線200M

 

成年男子の部 35チーム参加していました。

過去にも現役学生等でメンバー編成したチーム名のGSD(グランド・スエル・ドラゴン)とは「大きくうねる波」の略で、本校のペーロン・ドラゴンボート部の卒業生にとっては大変に思い入れのあるチーム名です。そんなGSDの歴史の重みを背負って、今年の学生達は、果敢に本大会に向けて練習を重ねました。大会規模としては決して大きな大会ではありませんが、出場するチームは多彩で、今年の日本国際ドラゴンボート選手権の準優勝チームや、地元の相生からもペーロンの強豪チームが出場しており、簡単に優勝できる大会ではありませんでした。

<経過>

1次予選から、優勝候補と目されるチーム等とガチンコ対戦となりました。ややスタートは出遅れましたが、吉成キャプテン(14期生)を筆頭に中盤以降は、明らかに他のチームより漕力が上回り、2位に1秒近い差をつけて1位でゴールしました。左の先頭を漕いだ基弘選手(14期生)は誰よりも声を出して、メンバーを牽引し、突き抜けました。特に寶山選手(14期生)と森谷選手(15期生)は、まるで恋人同士のように息がぴったりで、気持ち悪かったです・・・。実は、これが日頃の練習の成果なんでしょうね。本当に一生懸命、練習したんだと感じました。1位でゴールして帰って来るGSD選手達の顔はそれまでとは違う、何やら「自信に満ちた」顔に変わっていました。まるで「やったりましたよ!」と言わんばかりです。「恐るべし勘違い天狗」私はそう思っていました。しかし、後にそれは、私自身が彼等を過少評価していた「勘違い天狗」だったのです。

 

迎えた2次予選です。この大会は2回の計測タイムの最速タイムで決勝進出を争います。1次予選で参加35チーム中、トップタイムを叩き出したGSDは、皆で話し合いました。「どんな、レース展開にするのか?」そんな時、舵取りの坂口選手(13期生)が「2次予選はいつも通りにリラックスして行こう」と先輩らしく、皆の緊張がほぐれるように、まとめたようです。また、1次予選の反省点や課題を改めて見直していました。いつも控えめに話す、裕夢選手(15期生)も、回りの選手一人ひとりに「やりましょ!」「いくしかないですよ」と先輩等を鼓舞していました。この大会にかける思いが半端ではない事を口に出し、行動に移していました。スタートは1次予選よりは良かったと思いました。中盤から後半は無難にまとめている感じがありましたが、無事に1位でゴールしました。1次予選よりも、約1秒タイムを落としました。しかし、余裕の表情で帰ってくるGSDは、もう、「優勝」の2文字に向かって邁進している龍のように見えました。この大会前まで、漕ぎ手の選手というよりも、太鼓要員や補欠要員の筆頭だった泰知選手(15期生)は誰よりも練習を重ね、日々努力したそうです。「努力すれば報われる」とよく言いますが、現実には中々、報われません。しかし、彼は、GSDのメンバー間で開催したタイムレースでトップタイムを叩きだし、メンバー全員からの信頼と尊敬を得ることに成功しました。恐らく「やらされてる練習」ではなく「自分の前向きな強い意志」によって成し遂げたんだと思います。自らの努力で導き出せた、ここまでの素晴らしい結果は彼にとって今後の大きな自信になったと思います。

 

予選1位タイムを叩き出したGSDは、そのまま、決勝進出を勝ち取り、陣取るコースも9艇レースのど真ん中、5コースに決まりました。その両脇には日本選手権の2位チームの2チームに4、6コースと囲まれ、更にその両隣の3、7コースに相生の強豪チームがいるという、豪華な顔ぶれの「核」を務める5コースです。何と幸せなことか・・・。決勝を直近に控えた、最後のミーティングです。自分達のチームが「優勝」という2文字に一番近いという自信と経験が浅いという致命的な不安と、2位以下はすべてが負けという磯風漕友会の「鉄の掟」を知っている重圧で複雑な心理状態のままにGSD集団は、その状況を楽しむかのように満面の笑みでミーティングが終始しました。何度も私が皮肉っぽく「負けて帰ってきたらええよ」「勝たなくてええよ」って言うのですが、誰一人として同意してくれませんでした。しかし、その笑顔の裏にあるメラメラと燃える闘志は、自然に感じ取れました。

「他人にも甘いから自分にも甘い」それが、今年のGSDの課題だと何度も伝え、大会前日まで罵声を浴びせました。負けん気の強い吉成キャプテンや、心優しい基弘選手は下を向き泣いていました。2人がその罵声をバネにすることを、心に誓ったかどうかは定かではありませんが・・・。

左の4番漕ぎ選手として忠輔選手(13期生)と決めたのは約1週間前でした。彼は先輩、後輩から、誰からも幅広く愛される男です。今年のはじめに、持病の腰痛の手術を成してから、裏方の役割ばかりでした。そんな彼にとって、この大会は「復活の大会」と意気込んでいました。しかし、彼は中々、約束通りに減量が出来ぬまに日々が過ぎ「減らない体重」に萎えながら大会直前を迎えてしまいました。私は、それを解決できぬままに、大会前を迎えた事を、彼一人の責任ではなく、GSD全員の責任であり、今年のGSDの課題だと改めて伝えました。更に広く捉えれば磯風漕友会、全体の中での彼等全員の課題でもあるのではないか?と伝えました。忠輔選手(13期生)は、最後まで正座をした足を崩しませんでした。果たして何人のGSDが彼のその姿勢と自分の「素直なこころ」で、聞いていたか・・・。

そして、太鼓は未経験者の中澤選手(16期生)でした。練習でも、ひとたび艇に乗り、太鼓を叩き始めると全く表情を変えないで正確にリズムを刻んでくれます。日頃は明るく元気な彼女ですが、任せられている責任の重さをしっかりと、知っている取組みでした。彼女なりの、責任感の表れだと感じていました。

 

迎えた決勝戦です。

私の脳裏に去来していたのは、目先の事で言えば「勝ってほしい」という思いと、もっと先の事を考えれば「悔しい負け」であってほしいという思いと、様々な思いが交錯しました。でも、はっきりとしていたのは、勝っても負けても「悔いなく」決勝を終えてくれればと願っていました。

GSDの雰囲気はというと決勝用の浮かれたものではありませんでした。はやる気持ちを落ち着かせているのがわかりました。森谷選手(15期生)が「いつも通りの太鼓のリズムでいつも通りに行きましょ」いつも寡黙な男ですが、決して舞い上がってはならない事を彼は知っているのです。GSDの中で唯一、今年の日本選手権に乗艇した男だからでしょう。

そして、今回、若手のGSDの中で、ご意見番ではありませんが、土井選手(2K 11期生)が参加してくれました。急遽の要請で申し分けなかったのですが、彼は静かにGSDに説いてくれました「ただの仲良しでは、乗り越えれない事の方が多いよ」彼が言うからGSDには伝わっていたと思います。まさにただの仲良しでは、他人にも自分にも甘いよねという事です。

GSDは決勝ですべきことを整理し終えた所で、いつも通りにアップをして決勝の舞台へ、艇を進めました。

200M先なので、はっきりとは見えませんが、一番最後にユルリと5コースに配したと感じました。定刻より早くにスタートコールがありました。船首の大きさで、だいたいの順位は想定できます。中盤の100M付近で、優勝争いは4艇に絞られていました。先ずは3コースに陣取った同郷相生のセピア倶楽部、4、6コースの日本選手権2位のbpチームと筋肉畑チーム、そして、最後に5コースの我がGSDです。ほぼ横並びの4艇が突き進んできます。更にゴールに近づき、GSDと筋肉畑(bpの弟分)が少し抜きん出たまま、ゴールに向かって来ました。最後の最後まで、仲間を信じて!!! 後50M・・・後30M GSDが僅かなリードを保っています。後10M・・・。差を詰められてるように感じました・・・。5M・・・。「こいつ等、行くわ・・・」私は込み上げてくる感情を抑えるのに、必死でした。「泣いたらあかん・・・」私が「勘違い天狗」思い知らされた2017GSD集団の底力。近年のGSDの中でも久しぶりに見るものを「感動」させてくれるような素晴らしい勝ち方でもありました。「勝ってしまった」思わずそう、呟いてしまいました。しかし、GSDの選手はゴールしても静かでした。そして、決勝審判席に近づいてきたGSDは、優勝チームのコールがされたと同時に、解き放たれた静寂の時は、GSD全員が拳とパドルを強く突き上げて、大会会場がGSDの響き渡る雄叫びで支配されるほどでした。

戦前の大方の予想に反して「優勝」という2文字を勝ち取った2017GSDでした。

相看魂は健在でした。本当にご苦労様でした。

坂出大会の動画は以下のアドレスです。

https://m.youtube.com/watch?feature=youtu.be&v=u9M_Fh6sObI

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